人に当たる時は自分に当たっている

人がムカつく時ありますよね。

何をしてもムカつく。

何をしてなくてもムカつく。

何を言ってもムカつく。

何も言わなくてもムカつく。

そしてその人にあたる。

自分の苛立ち、自分の怒り、自分の不満を人にぶつける。

そういう時ありますよね。

八つ当たりってやつです。

誰でも八つ当たりはしてしまうものです。

八つ当たりは人に迷惑だし、する側もされる側も心地よいものではありません。

される側も理解に苦しむと思いますが、実は人にぶつけている自分の方が末期なのです。

自分の苦しみを人のせいにするなんて、終わってます。

ですので、もしあなたが人に当たっているなと感じたのであれば、それをすぐさまキャッチする必要があります。

他人に当たる自分をキャッチして、すぐに軌道修正をしなければなりません。

自分への苛立ち、自分への怒り、自分への不満を、自分で消化せずに他人にぶつけている自分を正さなければならないのです。

でないとあなたのその苛立ち、怒り、不満は膨れ上がる一方。

人に当たれば当たるほど、どんどん負の渦に飲み込まれていくことでしょう。

自分の感覚は自分で責任を持ちましょう。

欲しがるのをやめると平安が訪れる

人間を生きる中で、不幸、不平、不満を感じる時は、何かを欲しているのにも関わらず、それが実現されない時です。

こうあって欲しい。でも実現されない。

これが欲しい。でも実現できない。

こうなりたい。でも実現されていない。

致し方ないです。

人間は無い物ねだりをしてしまう生き物です。

何を達成しようと、何を手に入れようと、追加できるものは無限に存在しますから、100を欲しがり、100を手に入れたところで、次は1000、その次は10000が欲しくなる。

人間の仕組みですので、否定する必要もありません。

そういうものです。

しかし、この欲求を上手くコントロール出来ないと、QOL(Quality Of Life = 人生の充実感)が著しく低下します。

何を達成しようと、何を手に入れようと次が欲しくなっては、いつまでたっても欲望を追うだけの人生になってしまうのです。

欲しがることは悪いことではありません。

しかしこの欲しがることをやめると、自然と不幸が消え去り、幸せというポジティブな高揚感ではなく、ニュートラルで中性な平安が訪れます。

あなたの感じる原因不明の不満、不幸は、あなたが実際に不幸というわけではなく、あなたの人生が特別に不満なことでもなく、ただ単に欲望という幻想を追ってしまっている無限ループから抜け出せない、というだけかもしれません、というかだけです!

まさかあなたの感じる不幸、不平不満の原因がそれだったとは、驚愕の事実です。

成功は実感できるものではない。日々小さな積み重ねをするだけだから。

成功したいとか思う人がいると思うのですが、成功ってあんまり、というか実感出来るものではないんですよね。

競技で優勝した人がよく勝者インタビューで「実感ないですね」って言うのを聞いたことありませんか?

もしくは「まだ、実感が沸かない」とかというセリフを聞いたことがありませんか?

要するに、本人にとっては、ただやるべきことをやっただけの話。

本人が体感してきた事とは、成功というイメージとは真逆の「日々の小さな積み重ね」だけということです。

どうしても人間は結果を好む動物です。

自分のことであろうと他人のことであろうと、取り組みが結果に繋がることを求めるのが人間なのです。

ただ、その成果主義というアイディアが、日々の小さな積み重ねの体験よりも重要視されてしまうと、不具合が生じます。

日々の小さな積み重ねが出来なくなってしまうのです。

小さな積み重ねしかできないのに、成功のイメージが先行しすぎて、小さな積み重ねができなくなってしまうのです。

ですので成功は追わないでください。

勝ち負けか、成功か失敗かは、他者とあなたが決める結果論でしかない、ということ。

自分の取り組み重視で。

一生懸命に取り組みましょう。

何もやりたいことがないなら、他人の人生をどう良くすることができるかをやってみよう。

生きていても何もする気が起きない。

何もかもが無意味に感じてしまい、何もやりたいことがない。

そんな時は人の役に立つことをしてみましょう。

他人の人生をより良くする何かをしてみるのです。

その何かが大きなことだろうと些細なことであろうと関係ありません。

自分に出来ることは何か。

自分がこの人類という全体性に貢献できることは何か。

そう考える必要は全くありません。

何でも良いんです。

気になったこと。

出来ると思ったこと。

自分に出来ることであれば何でもやってみる。

なぜこの他人の人生に貢献することをオススメするのか。

それはズバリ、あなたの人生は他人の人生と同じであり、他人の人生をより良くすれば自分の人生もより良いものと変化していくからです。

宇宙の仕組み、というか私たち森羅万象に共通する意識体としての法則です。

そのため、自分の行いがどのようにあなたの人生を良くするのかなんてことは考えなくて良いです。

理由は2つ。

ひとつは、人に尽くせない人は自分に尽くせないのです。

自分を生き尽くすことが人生ですが、人に尽くすより自分を生き尽くす方が遥かに難しいのです。

ふたつは、人に尽くしていれば宇宙は、あなたが想像する以上の豊かさを四方八方から恵みを与えてくれるからです。

見返りを求めての尽くすはダメですよ。

なぜかと言うと、大事なのは尽くす感覚であり、尽くす内容でないからです。

感謝は自分の中でしか感じられないもの。自分が傲慢になればなるほど、この感謝の感覚は自分の中から消え去っていく。

傲慢、つまりは「自分が他人より優っていると思い込み、あたかも自分は特別に扱われるべき」と思ってしまう事は、自我を持つ我々人間がやってしまいがちなエラーです。

ここでの考察は、この傲慢さという態度は、人が人を判断する態度に思いがちであるということです。

あの人の態度は傲慢だ。

無論、それはその人、とある人のことを傲慢と思ったことなので良いのですが、実は一番困る傲慢さは実はこれではない。

他人から傲慢だと思われるくらいの傲慢など、かわいいものなのです。

では一体その一番困る傲慢さとは何か。

自分自身がこの人生に対して傲慢になることだということです。

自分の思い通りにならない、いかないことを受け入れることができず、さらには自分の取り組みを棚に上げ、自分は特別であると勘違いをしてしまう。

この傲慢さを持ち続けるとどうなるかというと、他人に感謝を要求するようになるのです。

本当に困ったものです。

そして他人にすることは自分にしていることと同義であることは基本中の基本ですから、自分から感謝がなくなっている証。

感謝という名のこの森羅万象を受け入れる事ができなくなり、宇宙の断片としてこの無意味な世界を彷徨うただのエゴとなってしまうのです。

これは強さに見える、強さであると錯覚してしまう最大の弱さです。

さらに自分は宇宙に生かされているのではなく、自分で生きているという更に傲慢なサイクルに陥ってしまう。

感謝は自分の中でしか感じられないもの。

自分が傲慢になればなるほど、この感謝の感覚は自分の中から消え去っていくのです。

自分が傲慢になっていないか。

「自分」で人生を操作していると勘違いしていないか。

常に自問して生きてください。

欲望を無くせば楽になる。恐れと欲望は表裏一体。

Want & Fear are one and the same.

この欲望は、何か物が欲しいというような、物質的な欲望ではありません。

人生は「このようにあって欲しい」という、状況的な欲望です。

例えば、少し極端な話ですが、子供が外へ遊びに出かけたとします。

「勝手にやって勝手に帰ってけーや」

と思っていれば、別に心配も何もありません。

心配イコール恐れですね。

逆に「変な人とか、走ってる車とか、転んだり怪我しないように気をつけて遊びなさい!」

と思っていれば、常に「あの子大丈夫かしら」と心配、恐れることになります。

ここで注目してもらいたいのが、心配や恐れには、実は「こうあって欲しい」という欲望が隠されているということです。

正しくは「こうあって欲しくて、こうはなって欲しくない」という、ふたつの側面があるということ。

あとは好きな人にアプローチする時とかね。

“嫌われたくない” から怖い。

“好かれたい” から怖い。

表裏一体なのです。

ではどうすればいいか。

臨機応変に対応すれば良いんです。

これが起こったらこうする。

それまでは最善を尽くす。

それしか出来ませんから。

良くも悪くも。

今の実力に感謝できなければ先には進めない

絵描きになりたいとします。

絵を描き始めました。

どうにもこうにもうまく描けません。

自分なりに頑張って絵は描いています。

それでも自分の理想が高いがために、自分が下手なことに嫌気が指してきます。

気持ちはわかります。

しかし自分が今できることはその下手な絵を書くことです。

上手になるためには下手が必要ということ。

ということは、下手だからといって嫌になるのではなく、下手なら下手なりにベストを尽くすしか道はないということ。

下手でやめたくなるようでは、それは本当にやりたいことではなく、何かの手段にしている可能性があります。

つまりは今この瞬間の自分のレベルを認めて、感謝しなければならないということ。

実力だけにとどまったことではありませんね。

人生における基本です。

今に感謝すること。

お前の幸せはインターネット上にはない

幸せ、探してますか。

実はその幸せ、インターネット上にはないことはご存知ですか。

インターネットは人類の歴史上、最先端の技術です。

つまり、人類の歴史において、インターネットが無かった時の方が99.999パーセントを占めるということ。

なので昨今の時代において、毎日毎日インターネット漬けで生活することが人間にとってどれほど不自然なことであるかがお分かりになるかと思います。

さらに人々は自分自身を見つめず、その自分自身を見つめないことを起因とする空虚感を埋めるため、インターネット、つまり画面の中で満足感を見つけようと試みます。

しかしそれは「自分自身を見つめないことを起因」としている感覚です。

画面の中で自分を探すなんてことは無理に決まっています。

もしあなたが日々不満を感じ、幸せを感じられないようであれば、一旦インターネットとスマホを伏せて数週間暮らしてみることをオススメします。

どれだけ自分を避けるためにインターネットを使っているかが分かることでしょう。

あなたが生きるべきは「あなた」です。

インターネットではありません。

あなたの幸せはあなたに生まれつき備わっているもの。

幸せを感じられないようであれば、それは灯台もと暗し。

あなたの答えはあなたです。