何の役にも立たないこのブログですが、僕にとってはこの思考の整理と言いますか、思考のダンピング(荷卸)は欠かせません。自分をより知るための作業のように思えます。自分の考えていることや思っていることを、ただ考え思っているだけでなくて、実際に指を動かしてタイピングする(書き出す)ことで(見える化することで)、より自分を俯瞰しやすくなるのです。自分を俯瞰することができると、自分の悪い癖やパターンが出てきた時に、その負のエネルギーに意図的に飲み込まれずに自分の軸を保てるようになります。自分の感情がブレにくくなるのです。
それにしても最近は、書こうと思えば無限に書き続けられると思えるくらいの執筆エネルギーを感じます。最近、自分の中のとある感覚が、以前の感覚と変わったなと思う感覚があります。それは以前は、自分の行動全てが闇雲だったというか、ちょっと自分以外の何か(他人からの評価そして自己評価)に左右されていたというか。自分のしたいことをしていたという事実は変わらないものの、いつもその行動の先に何かを求めていた自分が居たなぁって。でも最近それが無くなったんです。どんな行動も、行動が行動で終わるようになってきた。つまり、行動そのものが一番に意味があることだから、それ以上を求める必要がない、という境地に辿り着いた感覚です。
例えば、インスタに何かを投稿する時って、僕は前はやっぱりいいねの数とかコメントの数とか結構気にしちゃってた。別にインフルエンサーでもないからフォロワーは友達しかいないのにも関わらず、いいねとか気にしてた。でもインスタもうそうだし、全ての行動において、その成果物と思えるような事が本当の価値じゃないんですよね。それがインスタをやる本当の価値ではない。本当の価値は、自分が自分の好きなものを好きな時に好きなだけ投稿したり、自分が好きなものを好きな時に好きなだけ見てリアクションしてコミュニケーション取ることが価値なわけです。
なんの見返りも求めないでただただインスタを使えるようになっているのが凄く楽しいし、その状態でこそやっぱり内容も面白くなっていくし(自分が本当に面白いと思うことした載せないから)リアクションや他の人とのコミュニケーションも良質になっていく。コメントとかも返信を気にしてたらコメントできないし、コメントに返す返さないはその人の自由だし、ただコメントすればいいのよ!コメントそのものが楽しいから。
この、行動で完結する行動ができるようになってから、全てが面白くなってきたんです。今まで、頑なに意味がないと思っていたこのブログ執筆だったり、ずっと好きだったけど、なんの価値にもならないからと避けていたことができるようになった。なぜならば、こうやって自分の思考や内面的成長を記録することがすごく楽しいからです。これが後に何になるとか一切関係ない。ただただ「なんか書くっていい」っていうシンプルな動機で行動する。その軽さが、本当の重さ!?(←名言出たんじゃね?)いやもう書くの超好き。そう、他にも仕事や音楽制作や、楽器演奏、料理、食事、生活などなど、すべてが今面白く感じるんです。
この尊い人生体験、くよくよしてる暇なんてありませんよ。生きてる間に何でもやっておかないと。この人生体験はいつ終わるかわからない、と心底から理解して、初めて今を生きれるようになるかもしれませんね。