リラックスした状態は真の力を発揮する

取り組みがフィジカル(動作)であれメンタル(集中)であれ、力みはパフォーマンスを低下させます。

リラックスした状態こそが、真の力を発揮するために必要なのです。

フィジカルとメンタルではリラックスの仕方が異なるので、簡単に説明いたします。

フィジカルは動作、つまり運動など体を使う取り組みですが、フィジカル面でのリラックスは、必要以上の力を入れないということです。

例えば野球のバットスイングや、サッカーのボールキックでいうと、しなやかさです。

筋肉全体に力を入れなくても、勢いだけを付けることができれば、力を抜いたとしても、力を100%入れた時のスピードを達成できます。

この「しなやかさ」に力を乗せることができれば、それは最大級のパワーを発揮させることができるようになります。

フィジカルのリラックスとは、力の入れ具合と、力の抜き具合を両立させることです。

そしてその入れ具合と抜き具合の差が大きければ大きいほど、より大きな力を生むことができる、ということになります。

これを私はリラックス筋と呼んでいますが、リラックス筋こそがフィジカルを伸ばすために必要な筋力です。

ではメンタル(集中)のリラックスはどのようにするのか?

簡単です。

ただ単に、急がないで、焦らないで取り組むだけです。

勝ちに行ったり、今できること以上のことを意識すると、メンタル的な力みが生じます。

メンタルのリラックスは、今にあるのみです。

認識できるもの全ては自分を満たすことはない

認識できるものとは、自分を含め、この人生体験で得られるものの事を指します。

認識できるものは全て、あなたを満足させることはできないという意味なのですが、なぜこれが重要かというと、私たち人間は、理想や変化を追い求める生き物であり、どんなに頑張ってどんなに理想に近づいたとしても、満足感は一時的なものであり、それらがあなたを永続的に満たすことはできないからです。

これがわかると、人生体験にて追い求めることが、自分を満足させるためではなく、ただ単に追い求めるという体験に変わるのです。

自分を満足させるためではなく、ただ単に楽しいから理想や変化を追い求めるという状態がなぜ重要かというと、不満足感からの行動は全て不満足感という場所にしか着地できないからです。

認識できるものが自分を満たすことはない、満たすこともできないし、満たされることも求めないと心得ている状態こそが、私たち人間がこの人間体験を120%エンジョイして、さらなる進化を遂げるために必要なものなのです。

出来ることがあるならなんでもやる

そうです。

やることがないとか、やりたいことがないとか言っている場合じゃないんです。

出来ることがあるなら何でもやってください。

協力してください。

体、手を動かしてください。

座っている場合じゃないのです。

暇している場合じゃないのです。

ましてや、私は暇だという発言などもってのほかです。

人生暇と感じる人は、自分の人生を生きていない証です。

やり残していることが少しでもあると思うなら、そしてやるべきことが少しでも残っているという心当たりがあるのなら、つべこべ言う前にそれをこなしてください。

やるべきことが出来ない人に、神は大事を託す訳がありませんから。

それを含めてお前なんだな

あなたにはちょっと癖があるとします。

あなたには、育ってきた環境や、選べなかった親や、時代や、様々な要素が混ざりあった個性、性格があるとします。

もしかすると、それは誰かにとって嫌な性格に映るものかもしれません。

嫌な個性に映ってしまうものかもしれません。

しかしです。

それがなかったら、それを取ってしまったら、あなたじゃなくなってしまうんです。

あなたは、あなたの本質であると同時に、その本質に付いているものすべてを含めてあなたなのです。

それを含めてのお前。

それを含めてのおれ。

あなたそして私は、体験してきた経験そのものなのです。

良い個性とか、悪い個性なんてないんです。

「今」から逃げれば逃げるほど、自分の成長は遠ざかる。「今」と向き合う以外に自分は高めることが出来ない。「今」から逃げるな。

だるい。めんどい。明日やる。

そうですか。それを今日思うということは、明日も同じことを思うのが目に見えています。

ずっと明日やると思い続けるんですか?

今日もだるいんですか?めんどいんですか?

明日もまた「明日やる」と言い続けるんですか?

誰にも迷惑はかからないからいいじゃない?

そんなことはありません。大迷惑です。

あなたにとって。

今日から逃げれば逃げるほど、自分の成長は遠ざかるんですから。

今日と向き合う以外自分を高める術はないんです。

今日、そして今という瞬間から逃げるのではない。

あなた、そしてあなたの体験を唯一変えられる場所、それは「今」というこの瞬間です。

今を生きれ!

お金は自分が自分に払うもの。それがわかれば感謝の意が湧いてくる。

何かが欲しい。何かがしたい。もしそれがお金で買えるものであれば、お金を払えば買えるでしょう。

そしていざその商品、サービス、体験を買おうとする時、支払いをするという時、こんな思考が頭をよぎります。

「ちょっと高くねぇか?」 「うわ〜100万か〜マジかー」 「こんな金額払いたくねーな」 「いやでも欲しいな〜」 「買えるっちゃー買えるんだけどな」

気持ちは分からなくもありません。しかしです。

あなたは本当のところ、何をしようとしているかというと、自分自身にとある金額を払って、その体験を買ってあげようとしているということです。

もちろんその金額は誰かの元へ行くわけですが、そのお金の行き先関係なく、あなたの残高はあなたの支払額分、減るわけです。

ということはやはりどんなお買い物も自分が自分に買ってあげているということは、お金は自分が自分自身に払うもの、ということになるのです。

それがわかれば、どんな消費にも感謝の意が湧いてきませんか。

あなたがあなたのために消費しているのです。

情熱や好きなことを探すことをやめろ。やるかやらないか。

やりたいことがある。でも自分の中から情熱を感じない。だからやらない。

何かをやってみたいと思う。でも好きなことがない。だから何もしない。

情熱に頼ること、好きなことに頼ること、どちらも言い訳にしか過ぎないです。

もし本当に何もしたくない、もしくはすることがないのであれば、他人の問題解決に尽力しよう。

もし自分のやってみたいことがあったらチャレンジしてみよう。

自分の運命の職業、好きなことは存在しない。

ただやってみればいいだけです。

それを続けるか続けないかはやってみてから考えてみてはいかがでしょうか。

貴方の命をどう運ぶかは、あなた次第。

やるかやらないかも、あなた次第。

「何かしなきゃ」という感覚を手放す

何かしなきゃ。

何かしなくちゃ。

こう思ってしまう状態は、何かをしていない自分に不安が生じる時です。

何かをしていないと、自分が自分でなくなってしまう。

取り組みそのものが自分の存在より大きくなってしまっている証です。

自分の存在より大きくなってしまっているというよりは、自分が取り組みそのものより小さくなってしまっているのが正解かもしれません。

取り組みは取り組みで絶対なはずです。

自分が取り組むという状態であれば一切の問題はありませんが、自分のために取り組まなければならないという状態では、取り組みの方が自分よりも優ってしまうのです。

「何かしなきゃ」と思っている状態では、何をあがいても積み重なる取り組みにはなりません。

その状態は、その何かを達成することで、自分が見つかると信じ込んでいる状態だからです。

取り組みを通じて、自分を探している状態です。

自分が自分を探すなんて矛盾しているとは思いませんか?

ずばり、矛盾しているんです。

見つかるわけないんです。

メガネを頭に掛けてメガネを探している状態と同じです。

探しものはあなたにもうすでに付いてますけど〜!っていう。

何をしてもいいんだ。

何もしなくてもいいんだ。

あなたはあなたに何を足さなくても完璧なんだ。

これをぜひ心得て生きてみてください。

自分が自分に見出す意味や幸せ、価値は取り組みを通じて得るものではなく、生きるそのものに備わっているもの。

あなたには、今この瞬間にだけ感じることの出来る「生きる歓び」を、今、感じる権限があるのです。

生きましょう。

ビジョンは自分の出来る範囲のものしか描けない

ビジョンとは、今はまだ実現されていないものの、いつかは実現したいと考えている未来予想図のことです。

このビジョンを描く時、どこまでのスケールを描くかは、書く人によって異なるのはごく自然なことかと思いますが、実はこの描くビジョン、自分の出来る範囲までしか描けない仕組みになっています。

もしあなたが、世界チャンピオンになりたいというビジョンを描いているのであれば、あなたには世界チャンピオンになれる素質が備わっている、ということ。

自分の中に「不可能」さえなければ、ひたすら真っ直ぐに突き進むだけで、本当に世界チャンピオンになれます。

しかしそのビジョンを信じ、取り組みを行っていく中で、誰もが直面するのが試練です。

あなたの描いたビジョンを壊してくるような、逆境です。

それを勢いよく乗り越えることが出来たのであれば、そのビジョンは生き続けますが、少しでも怯んでしまうとその描いたビジョンのスケールが小さくなってしまいます。

つまりは、最初から出来ないと思っている人は本当に出来ないし、出来る人でも、そのビジョンがなければそこに行くことも行けることもないということ。

逆にビジョンさえも描かずに生きる人もいるということです。

Whatever the mind of man can conceive, it can achieve. – W Clement Stone
人が考えられることは実現できる。- W クレメント・ストーン

とにかく手を動かせ。手数が勝負。

立ち止まって悩むよりも、無駄だと思って停止するよりも、無駄だとしてもとにかく手を動かすことが限界突破をするために必要です。

理由は簡単です。

無駄と思っていることさえ無駄だからです。

無駄と決めつけているのは思考であり、実際の進歩が起こる時は、思考を超えた脳細胞レベルでの変化が生まれる時です。

あなたが無駄と思う取り組みでさえも、この脳細胞の変化に影響を及ぼしているのです。

さらに付け足すと、成長というものは、取り組みの最中に自分で実感できるものではありません。

筋トレと同じで、筋トレそのもので体が成長するのではない。

筋トレ後に、損傷した筋肉細胞が体の仕組みとして再生されることが、実際の「成長」ということになります。

出来なかったことが出来るようになるということは、その原理と全く同じです。

もちろんあなたの取り組みなしには実現されないものの、あなたの実際の成長は、あなたが寝ている間などの無意識の状態で行われているのです。

無駄かもしれなくても、どうすれば次のレベルに到達できるかわからなくても、とにかく手を動かす以外、我々人間に出来ることはないのです。

宇宙の叡智(Universal Intelligence)に身を委ねるしか、我々人間に与えられた術はないのです。

手を動かす以外。