2015/11/13

形なき歓びのために

いつまで僕は夢を見続けるのでしょうか。あれがやりたいこれがやりたい。一応色々とやってみたいことはたくさんあります。しかしながら、溺れている人が空気を求めるほどは、やりたいことをしたくないようです。というよりも、溺れている人が空気を求めるほどガチじゃないようです。飯もあるし家もある。空気も吸えてる。これと言った病気もない。生命に関わる問題は何もない。だからこそ甘ったるくなる。仕事をして、生活費を稼いで、家族を養って死ぬ。そんな人生送りたくはありません。このまま適当にやってれば何か奇跡が起こる?んな都合の良い話なんてあるわけありません。一生何かを待ち続ける人生も、同じく嫌です。感謝はしています。幸いなことに今も沢山の仕事をいただいておりますし、そのお陰で生き延びれています。だけどだけど、やっぱりまだまだなんだって。俺って。今やってる会社だって、なんかテキトーに出来ちゃった会社だし、今の僕の仕事だって、なんかテキトーに出来ちゃったからやってるんです。自分の意思ももちろんありました。少なからず自分の選択が関与していることは承知しています。だけど、自分が心から「これがやりたい!」って思って願って始めたことではないのです。自分が舵を握っているような錯覚に陥りますが、まだまだ自分のクリエーションではないと思っています。氷山の一角もいいところ。だって勝手になっちゃったんだもん。今度は勝手じゃなくて、意図的に創造したい。自分の意思100%の想像をしたいんです。だってマジで金稼いだって何にもならないんだもん!実際そう。金は必要だけど、ぶっちゃけどうでもいい。物理的に識別出来ない、心で感じることの出来る、形のない「働く歓び」を、僕はこれからも探し続け、そして、必ず見つけ、自分に体験させてやります。

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