面白い事に気づきました。時間の感じ方についてなのですが、例えば、同じ5分でも、何かを待っている5分と、何かに追われている5分では全く感じ方が違いますよね。前者は長く感じて、後者は短く感じると。もう一つ例をあげると、ネットサーフィン5分と、仕事作業5分の違いです。前者は、なにも考えていない状態で、ふわふわしている5分で、後者は、一生懸命稼働している5分です。これもまた感じ方が思いっきり違う。何故仕事作業の5分の方が、直視することが難しいのでしょうか。今日仕事をしていて思ったのです。「これ終わらせるの時間かかるなぁー」とか思うと、その作業から逃げたくなるので、ニュースとやらを開いて、今の紛らわしが始まります。ニュースを5分眺めるのは、容易いことです。それでもってその5分何を得たかというと、何も得ていません。ただ5分が過ぎただけです。なら最初からその5分を有効活用すれば良かったんじゃね?と思ったのです。要は「時間」という概念に負けると、逃げに出てしまうんですね。僕の癖です。僕の場合はこの程度の癖ですが、よく「時間がない」と言っている人は、この究極形と言えます。時間がないという人こそ、時間の無駄遣いを多くしているのです。時計という実用的なミディアムの上で時間を語るの良いですが、精神的な「時間」は無意味であり、存在しない。だ・か・ら、「時間」を考えると変になるんです。
2015/2/13